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『ワンピース』の大ファンだが、最近あまりにも酷いのでその理由を書く

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※この記事は2016.11.3にnoteで公開したものです。

 普段のテーマと全く関係ないのですが、どうしても書きたくなったので書きます。

 今週のジャンプに掲載されたワンピースの最新話「ルフィVSサンジ」が神回だと、Twitterで絶賛されています。

 しかし私は、ある理由からこれが神回とは思えませんでした。神回の要素は持っているけど、違和感のある言動や描写が多すぎて、どっぷりと感情移入することができなかったのです。

 私は根っからのワンピースファンで、小学生の頃からワンピースだけは毎週ジャンプをチェックし、単行本も全巻購入して読み続けてきました。セリフを丸暗記してしまうほど何度も読み返しているし、一コマずつ模写してセルフ漫画を作ってしまうこともあるくらいワンピースにハマっていました。

 アラバスタ編が終わった頃、七武海を1人倒すのに合計10巻分ほど使っていたので、最終回の頃には100巻は突破するだろうと友達に言ったら、そんなに続くわけないと鼻で笑われたのを今でも覚えていますが、どうでしょう、七武海を倒すペースこそ関係こそありませんが、最新83巻が発売されるこのタイミングでも、100巻では到底終わりそうにありません。

 だいぶ前の尾田先生のインタビューで、「本当はもっと早く終わらせるつもりだったけど、続けているうちに広がってしまったので、自分で広げたからにはちゃんと責任をもってまとめるようにしたい」といった趣旨のコメントがありました。これを目にしたとき、いやいや早く終わらせようとか考えなくていいからずーーーっと描き続けてください!! と心の底から思いました。それこそ100巻以上続いて欲しいと。

 ラストシーンはすでに決まっていて、そこに向かうためのストーリーもまったくネタ切れしないどころか、読み進めるほど深みが増していくし、伏線の張り方も回収の仕方も絶妙。キャラクターの描き分けも個性の出し方もうまくて、見せ場のシーンでのセリフのキレも抜群。笑いを取るのもうまい。そんなワンピースがつまらなくなるわけがない。永遠に描き続きてもらっても、ずっとファンでいられる自信がありました。

 『バクマン。』で、「理想的な漫画は、日常を描いてるだけで面白い漫画ではないか」とシュージンこと高木秋人が言っていますが、まさにその通りで、キャラクターと世界観に魅力があれば、何の事件が起きてなくても、平凡な日常コミュニケーションを見ているだけでファンとしては十分楽しめるんですね。島と島を航海する間のキャラクターたちの何気ないやりとりは、ワンピースの大きな魅力の一つでしょう。

 だから尾田先生には「早く終わらせよう」などと考えず、できるだけ長く描き続けてほしいと思っていたんです。それくらいワンピースの大ファンで、それ自体は今でも変わらないのですが、ファンだからこそ、ここ数年の「異様さ」に我慢ができなくなってしまいました。

ワンピースの何が変わってしまったのか?

 具体的に言えば「新世界編」に入ってから違和感を抱き始め、ドレスローザ編に入ってからは、もう読み進めるのが辛いレベルでワンピースの魅力が失われてしまったと感じるようになりました。

 ドフラミンゴが初登場して以来、彼との直接対決を心待ちにしていた私としては、昔のままの、ドキドキ、ワクワク、ハラハラさせてくれるワンピースとしてこの闘いを読みたかった。こんなに心に響かない形で「ルフィVSドフラミンゴ」を見たくなかった。。

 編集者が変わったのか、尾田先生が変わってしまったのか、あるいは「2年もあれば人は変わる」ということで意図的に変えているのかはわかりませんが、新世界編に入ってから、ワンピースのキャラクターたちは、自分たちの感情によって動くのではなく、作者の意図によって動かされるようになってしまったと感じるのです。

 まるでストーリーを進めるためだけに、誰かに決められたセリフを言わされ、動かされているかのように。

 またキャラクターの心情が、新世界編の前と後でポッキリと途切れてしまってるようにも感じます。「お前そんなこと言うキャラじゃなかっただろ?」「そんなにセンスのないセリフをカッコつけて吐くようなダサいやつじゃなかっただろう?」と感じるシーンが頻発しているのです。それによって、これまで培ってきたキャラクターたちの魅力が少しずつ失われているように感じます。

 その結果、最近のワンピースは、私の中でキャラクターたちの言動がまったく響かない漫画になってしまいました。

 これまでは、キャラクターの感情が先にあって、その感情によってキャラクターが動き、その結果としてストーリーが進んでいくという感覚がありました。

 だからこそ感情移入しやすくて、読者はキャラクターの心情を察し、「この心情だったらこう動くだろうな」と予測しながら読み進め、しかしその予測をいい意味で上回るセリフや展開が次々と生み出されることに、尾田先生すげえ、ワンピースおもしれぇと興奮していたのです。

 しかし最近のワンピースは、キャラクターの心情を察する余白を読者に与えてくれません。ご丁寧にキャラクターたちが自分の心情、あるいは他のキャラクターの心情を、すべて「言語化」するようになってしまったのです。

 ドレスローザ編は特にひどいものでした。具体的に説明すると超長文になってしまうので、シーンのみ羅列します。私と同じ違和感を抱いた方は、シーンだけで分かっていただけるのではないでしょうか。

■ドレスローザに到着し、おもちゃが動いているのを見たときのルフィの反応「うーん おもちゃ動いてっけどまぁいいや! とにかく飯だ!!」

■ドフラミンゴに操られたベラミーを「ぶっ飛ばして気絶させろ」と言われたとき、ルフィが「できるわけねぇ!友達だ!」と言ってしまうシーン。

■その後、不本意にもベラミーとタイマンをしなければならなくなったルフィが、ベラミーの男らしさを言語化するシーン。

■ルフィVSドフラミンゴの決めセリフ「おれは息がつまりそうだ!」

■ルフィVS藤虎で、藤虎が自分の目を閉じた理由やルフィの魅力について語りまくるシーン

■「親子の盃」をルフィが断るセリフ「だからよ!! 俺は海賊王になるんだよ!!! 偉くなりてェわけじゃねェ!!!」

■ドフラミンゴ撃破後、懸賞金の上がった手配書を見たときの一味のリアクション(特にフランキーとウソップ)

 この他にもドレスローザ編だけでたっくさんありますし、この先のゾウ編、ビッグマム編にもツッコミたくなるセリフ、行動は多々出てきます。(もちろん「さすが」と思うシーンやセリフもあります)

 総じて、キャラクターたちに無駄にしゃべらせ過ぎ、何でもかんでも言葉にして説明し過ぎだと感じるんですね。

 前置きが長くなりましたが、今週号の「ルフィVSサンジ」についても、同様の理由から、どっぷりと感情移入をすることができませんでした。

※ネタバレ含むのでコミックス派の方はご注意ください。

「ルフィVSサンジ」のシーンの違和感

 サンジが子どもの頃に切ったはずの血縁、ヴィンスモーク家からゼフを人質に取られ、両手に爆弾付きのブレスレットをかけられ、言うことを聞かなければ料理人としての師はおろか、自分の両腕も失ってしまい、一生料理が作れなってしまうという状況に追い込まれたサンジ。

 ビッグマムの娘との政略結婚の式に向かう途中に、ルフィとナミが連れ戻しにやってきたというシーンです。

 もちろんルフィもナミもサンジの事情については知りません。だからいつものように気ままな笑顔で「迎えにきたぞサンジ〜!!!!」と声をかけます。

 それに対してサンジは、ルフィを追い払うために心ない言葉を並べ、ディアブルジャンブを発動して、本気で蹴り飛ばします。ルフィは抵抗せず、倒れることもせず、サンジの強烈な蹴りを受けながらも耐え続けますが、最後に思いっきりかかと落とし(コンカッセ)を受けて、ついに倒れてしまいます。

 それを見て立ち去るサンジに対し、ルフィは立ち上がり、サンジとの出会いのシーン(オールブルーについて楽しそうに語るサンジ)を思い出しながら、叫びます。

「旅はまだ途中だぞ!!!

必ず戻って来い!! サンジ--お前がいねぇと…!!

おれは 海賊王になれねェ!!!!」

——

 すばらしいシーンです。泣く人が続出するのもわかる感動の名シーンです。

…….もし、これくらいシンプルにまとめてくれていれば。。

 つまり読者にキャラクターの心情(言葉にできない内面)を想像させる余白を与えてくれていれば、私も涙腺崩壊して、このエピソードはワンピース史に残る神回になったと思うんです。

 でもこのシーンには、ファンとしては見過ごせない、聞き逃せないような余計なやりとりやセリフ、描写がたくさん入ってしまっているんです。。

 私が最も見逃せなかったのは、「お前が『海賊王』になれるかどうかも…疑わしいってのが本音だよ」というサンジのセリフ。

 たとえゼフを守るため、麦わらの一味を守るための「嘘」だとしても、これだけは言って欲しくなかった。。というか、言わせる必要がないだろうと思ってしまった。ルフィを突き放し、追い払うための「嘘」なら、他にいくらでも言えるはずです。

 麦わらの一味を抜けることになろうが、両手を失うことになろうが、死ぬことになろうが、ルフィの夢だけは否定しない、疑わないという姿勢だけは最後まで貫き通して欲しかった。誰もがわかる「嘘」だとしても、言葉にすらして欲しくなかった。

 百歩譲ってこの言葉を吐くとしても、もっと「絶対に言うべきではない重い言葉」として扱って欲しかった。この言葉を言うことに、もっと葛藤して欲しかった。読んでびっくり、ものっすごく簡単に、最後の見せ場シーンへのつなぎのようにあっさり言い切りますよ。

 それに対するルフィの反応も、「じゃあ…ずっとおれをダマしてた事になる…!!」とありえないほど薄い。ダマしてたわけがないことくらいどちらも分かってるのに、このセリフ、本当に必要でしょうか。。こんなセリフを言わせるくらいだったら、無言でサンジを睨みつけ、それが嘘だと分かっているからこそ、その真意を探るようにサンジの次の言葉を待つような描写で十分だったのではないでしょうか。。

 サンジは最終的には戻ってくるでしょう。でも、たとえ「嘘」の発言とはいえ、ルフィの夢が叶うのを信じていないような発言をしたサンジは、この先どんな顔をしてルフィが海賊王になることを見守るんでしょうか。

 「あれはお前らを本気で追い払うために、仕方のない嘘だったんだ。当然分かってると思うけど、本当はそんなこと思ってないぞ」と、何もなかったことにできるんでしょうか。。仲間(しかも船長)の夢を疑うっていうのは、麦わらの一味にとってそんなに簡単なものなんですかね。。

 あるいはなんらかの「ケジメ」をつけてルフィに謝罪するんでしょうか。それはあり得る気もしますが、そんな無駄にややこしいシナリオにしないで、シンプルに「ルフィが海賊王になることだけは疑わない」という絆の強さを描いた方が、よっぽどワンピースらしいと思いませんか。

 この一言を、主軸メンバーであるサンジに躊躇なく言わせてしまったことのもつ意味は、私にとって果てしなく重いのです。。

 その他にもたくさんのツッコミポイントがあります。

ルフィの歯が折れてしまう

 まぁこれは、過去にも頻繁に折れてるから今更というのはあるんですけど、ギャグシーンでナミにボコられて折れるのとは違って、こんなシリアスな、ワンピース史に残る重大なシーンで歯を折る必要があったのかと感じます。

 しかもサンジがルフィの顔面を蹴飛ばした時に、「ボキッ」という音とともに折れる描写になってるんですよね。で、結局すぐ生えてくるわけでしょう? 

 サンジが本気でルフィを蹴り飛ばしたことを伝える描写、ルフィの受けたダメージの大きさを伝える描写としては効果的なのかもしれませんが、それだけに、すぐに生えてきたらこの描写が茶番にしか見えなくなっちゃうじゃないですか。。

 歯を折るなら、絵だけで勝手に抜いておいてくれればそこまで気にならなかったんですけど、普段「ボキッ」なんて歯が折れたことを伝える効果音を入れないのに、あえて強調しているからこそ気になってしまいました。

ルフィが「おれはお前の作ったメシしか食わねェ!!!」と言ってしまう

 いやこれ、絶対ウソじゃないですか…。今後「宴」のシーンで、サンジ以外が料理を作る描写をしないってことなんですかね? ルフィもサンジ以外の誰かから料理を出されたら「おれはサンジの作ったメシ以外食わねェって決めたんだ!!」って言うんでしょうか。。

 そんなのただのめんどくさい主人公だし、もしふつーに何事もなかったかのように食べるとしたら、このセリフが重みを失って、このシーンが一気に茶番になるじゃないですか。。

 「サンジが迎えにくるまではサンジの作ったメシ以外食わねぇ」ってことなのかもしれませんが、だとしたらサンジを呼び戻すための決意の言葉としては、あまりにも弱くありませんか。。

ナミがサンジを呼び捨てにして引き止め、引っ叩き、「さよなら ごめんね余計なことして……」と告げる。

 ナミとサンジってこんな薄っぺらい関係だったんでしょうか。グランドラインに入る前からの初期メンバーとしてこれまで一緒に旅をしてきて、命を懸けながら一緒に闘ってきた、強い絆に結ばれた「仲間」ですよね?

 少なくとも長年作品を愛してるファンからすれば、そういう感情移入の仕方をしてきているはずです。「この一味の絆は簡単には切れない。誰もが心の底からお互いを信じ合っていて、疑うことなんてしない」と。

 なぜナミはサンジの事情を知らないのに、表面的な言動を見ただけでこんな行動に至ってしまったんでしょうか。。

 ストーリー上、先にヴィンスモーク家との過去について描かれているので、読者はサンジの事情を知っています。一方、ナミとルフィは何も知りません。でも、仮に何も知らされずにいきなりこのシーンが描かれたとしても、サンジの行動の裏には絶対に何かある、これは本心じゃないなんてこと読者にだってわかります。

 なぜナミだけが信じられなかったのか…? これこそ、尾田先生がこれまで描いてきたキャラクターたちの細やかな心情や絆の深さを無視、もしくは忘れて、演出優先、展開優先で進めてしまっていることがよくわかるシーンではないでしょうか。

 要するに「ルフィは絶対に仲間を疑わない。サンジの本心も全部わかっている。どれだけ本気で蹴飛ばされてもサンジを信じ抜く」という構図を効果的に見せるために、ナミは利用されたように映るのです。

 「あのナミが、サンジを呼び捨てにして、引っ叩いた…!」「それほどサンジが本気で一味を抜けると信じ込ませてしまう迫力があったのか…」「大好きだったナミに “さよなら”と言われるサンジ、どれだけ辛いんだ…」という読者の反応を期待しているかのように…。

 でも、サンジは嘘をついていて、そうせざるを得ない状況に追いやられていることなんて、誰だってわかるわけです。これまで一緒に旅してきた仲間なら尚更です。

 なぜルフィもナミも、どちらもサンジを信じるという描写にしてはいけなかったんでしょうか。これまで描いてきた仲間の絆を見れば、そっちの方が明らかに自然だし、キャラクターたちの感情を優先して物語を進めているように感じます。もっと細かく、キャラクターの深い心情に合わせたセリフや行動を選んでくれよ…と思わずにはいられません。

 過去にはナミ、ウソップ、ロビンが一味を抜けようとするエピソードが描かれていますが、このようにキャラの本質にそぐわないようなセリフや行動をさせられた人は一人もいません。ナミのときはゾロ、サンジ、ウソップそれぞれが、自分の性格と、ナミとのその時の関係値に合った言動をしていたと感じますし、ウソップのときも、ロビンのときもそうです。しっかりと、一緒にいた時間や培ってきた絆が反映されたセリフ・行動になっていました。

 しかしサンジに対するナミの言動は、あまりにも表面的で薄い。普通に読めば、「どんな事情があったとしてもルフィをここまで痛めつけたサンジに怒って引っ叩いた」ととるでしょう。あるいは「どんな事情があったとしても自分たちを頼ってくれずに突き放そうとするサンジに怒って」なのかもしれません。

 いずれにせよ、その「事情」の重さに想像が及ばなかったように見えるナミに、これまで培ってきた絆はなんだったのかと感じてしまうのです。

 「サンジくんがここまでするほどの事情って一体なに…!? 一体なにが起こってるの…!?」と脅威に満ちた表情をする方が、まだしっくりきます。ナミはそれを言葉にはしないけど、サンジを疑う余地すらもってないことが、それだけで伝わります。ナミはそういう頭の良さを持っていたじゃないですか。。

 もしかしたらナミにはナミの意図があって、サンジに深い事情があることは分かった上で、あえてサンジを突き放すような素振りを見せただけなのかもしれません。そしてこのあと、ナミの行動の真意が描かれるのかもしれません。

 仮にそうだとしても、この「ルフィVSサンジ」の名シーンの雑音となるような、読者をヤキモキさせてしまうだけの伏線を、このタイミングで挟む必要が本当にあるのでしょうか。。

 私にはどうしても、ルフィの見せ場のセリフを際立たせるためにナミが利用されたようにしか見えないのです。

 ここまで説明してきたように、とにかく最近のワンピースは、余分なセリフや描写が入りすぎていると感じます。

「待てサンジィーーーーッ !!!」

「こんなもんでおれを追い払えると思ってんのか!?」

「フザけんな!!!」

「…旅はまだ途中だぞ!!!」

「おれはここで待ってるから!!! 必ず戻ってこい!!!」

「お前がいねぇと…!! おれは海賊王になれねェ!!!」

 ルフィにしゃべらせるセリフは、これくらいでよかったと思いませんか。あとはキャラの表情や回想の間で、読者にそれぞれの言葉の余白を想像させてくれればいい。

 ルフィはサンジに「言いたくもねェ言葉並べやがって!! ウソつくんじゃねェよ!!」と言いますが、これもこの上なくダサい。サンジが嘘をついているとルフィが気づいていることくらい、わざわざ言葉にしなくたってサンジには分かっているはずです。

 サンジの言うことを全く聞き入れず「ここで待ってる!!」と言うだけで、「サンジが言いたくもない言葉を並べて嘘をついていることをルフィが見抜いている描写」としては十分ではないでしょうか。

 サンジだって、ルフィが「ここで待ってる!!」と言えば、絶対に待っているヤツだってことは分かっています。わざわざルフィが「腹が減っても!!! 槍が降っても!!! ここを動かずお前を待ってる!!!」なんて、言わなくたってわかるんですよ。。「槍」とかなんで出てきたのかよくわからないし。。

 空島編で、モンブラン・ノーランドにカルガラが放ったセリフ、「また来る日のお前の船が海で迷わないように!!! 嵐の中でもこの島を見失わないように!!! 鐘を鳴らして 君を待つ!!!!」のもつ破壊力に比べたら、あまりにも弱い。。

 最近のワンピースは、おそらく読者をわかりやすく感動させるために、読者の頭の中で想像させることを許さず、全てキャラクターたちが丁寧に「言語化」するようになってしまいました。それも、そのキャラクターが(「新世界編」以前には)言いそうにもない言葉で。

 そのせいで、すごく無駄な情報が増えたと感じてしまうのです。

ワンピースがおかしくなった原因は?

 これはもう、シンプルに集英社が尾田先生を働かせ過ぎだからだと思います。

 週刊連載ってだけでも激務なのに、巻頭カラーは多いわ「ジャンプ流!」やらイラスト集やら記念イベントやらでとにかくカラーの描きおろしをさせまくるわ、ひいては映画の総合プロデューサーまでやらせるわで、とにかく尋常じゃないくらいの仕事を振っている。熊本のキャンペーンのように尾田先生が自発的に行なっている企画もあるでしょうが、それでも明らかに仕事のさせ過ぎです。

 こんなに仕事が詰まっていたら、本来もっとも重視すべき本編のシナリオを、推敲して吟味してムダを省き、言葉一つ一つを極限まで研ぎ澄ませることなどできるはずがありません。明らかに絵も雑で汚くなっているし、セリフにキレも深みもなく、キャラクターの心情も細かく描ききれなくなってきています。

 それでもこのクオリティを出せるのはすごいの一言なんですが、「新世界編」以前のワンピースは、本当に、こんなものじゃなかった。。

 もしかしたら、現在の担当編集者が仕事をしていないのかもしれません。編集者は作家と読者のズレを埋めるのが仕事のはず。そして無駄な部分を見極めてバッサリと削ることも仕事のはずです。

 にも関わらず、余計な情報や違和感のあるセリフがギッシリ残ったままで世に出てしまっている。今の読者がそうした「説明し過ぎな」漫画の見せ方を求めてると編集者は判断しているのでしょうか。それとも担当編集は初期からのワンピースのファンではないのでしょうか。

 ファンが尾田先生を盲信して、昨今のワンピースを絶賛すればするほど、私が本来魅力を感じていたワンピースから遠のいてしまうのではないかと思い、あえて本音で苦言を呈してみました。

 最近感じるのは、『HUNTER×HUNTER』があれだけ密度濃く、完璧なストーリーを描けるのは、やはり冨樫先生が頻繁に長期休載していることで、じっくりと設定やシナリオを詰める時間があるからではないかということです。

 グリードアイランド編もキメラアント編も、ストーリーの魅せ方や伏線の張り方、見せ場の作り方から、極限まで研ぎ澄ませたキレのあるナレーション、キャラクターたちの心情を丁寧に反映させたセリフ回しまで、非常に完成度の高い作品に仕上がっています。

 暗黒大陸編もすごい。よくここまで読者をワクワクさせる、スケールの大きな新しい設定を考えられるなと感嘆してしまいますが、おそらく冨樫先生が尾田先生のような仕事量をこなしながら、週刊連載でほとんど休載せずに続けていたら、あれだけ完成度の高い設定やエピソードは描けないと思うのです。

 グリードアイランド編のカードの設定なんて、週刊連載で絵を描きながら詰められる緻密さじゃないと思いますよ。

 ワンピースが休載になったときは本当にショックなので、できれば休載などして欲しくないのですが、今のようなクオリティでワンピースの残りのエピソードが削られて行ってしまうくらいなら、ゆっくりでもいいので、ちゃんとキャラクターたちの心情を丁寧に描きながら、セリフ一つ一つにこだわった、昔のような質の高いワンピースを描いて欲しいです。

 連載初期からのファンで、キャラクター一人一人に強い感情移入をしながら読み進めているファンの方なら、共感してくれるのではないでしょうか。